〜練習の励みになるから受けてごらん〜

私が生まれて初めてスキー場なる所へ足を踏み入れたのは社会人一年生の年でした。(何年、何十年前か忘れました)その後、結婚・子育て・共働きと何年もスキーの言葉さえ耳に入ることがない時を過ごしていました。

子供が小学校の高学年になった頃、子供共々会社の友に連れられスキー場へのチャンス到来(ヤッター大喜び)しかし基礎が出来ていない私は子供達に馬鹿にされること、悔しさから何とか上手になろうと思い、家族全員の道具を揃え奮起!されど子供には勝てない(身の軽さ・柔軟な身体)子供の付き添いになった。以後、子供は世界が広がり友人達とお出かけ。私のお道具は屋根裏部屋でひっそり一人寂しく眠りについていました。

それがスリーシーズン前に立川のお兄ちゃん(明石さん)と運命の出会い再び白銀の世界へデビューすることが出来たのですが、運動神経の鈍さと感の悪さで中々上達出来ない!(滑る回数も少ない)しかしお兄ちゃん曰く「前向きで負けず嫌いでチャレンジ精神旺盛な佐田はきっと上手くなるよ」の一言に励まされ昨年も白銀の世界へ出勤(?)前年にも増してスキーへの熱は高まるばかり、「お兄ちゃんからは今はねカービングスキーだから本気でやるなら板も買い替えなさい」私の返事は一つはい解りました。板を変えれば靴も、そこへ登場して下さったのが旭信之先生でした!立川のお兄ちゃんと旭先生との出会いがきっかけとなり羽村スキークラブにお世話になることになりました。クラブのツアーへは4回参加・会社のお兄ちゃんツアーと今シーズンの滑走日数10日(皆さんから比べると遥かに少ないですね。)

ツアー初参加で、皆が羨む旭先生にマンツーマン講習をしていただき先生から「佐田さんはどうしたいですか?」との質問に、パラレルで優雅に軽やかに滑れるようになりたいと答えました。
ですからその時点においては、バッジテストなど無縁の世界のことであり自分が挑戦することになるとは夢にも思いませんでしたが、これからの練習の励みになるから受けてごらんと周りの方々に背中を押され、図々しい自分だなと思いつつ心の中は頑張って見ようと前向きに走りだしていました。講習内検定との事なので、検定員の大村先生がおっしゃる事を忠実にと頭では解るが身体が解っていない、やっぱり止めておけばと後悔することしきり・・・本当にはずかしかったのです!発表を期待する気など全く無しですよ。

帰りのバスで合格発表、自分の名前が呼ばれたときは信じられず、エー私のこと信じられませんでしたが、バッジを手にしてヤッター万歳、嬉しさが込み上げて久方振りに大きな感動を覚えました。初心者の私を一生懸命にご指導いただいた先生方、応援していただいたクラブの皆様ありがとうございました。来シーズンも私の目標に向かって頑張りますので、よろしくお願いいたします。

追伸
佐田の「合格への道」なんで今ごろと思われる方が多数おられることでしょう、実は4月初旬に出来上がっていたのですが、心の中に不安がよぎり始めて送信できなかったのです。なんで、来シーズンツアーに参加して「本当に3級」と言う滑りだったらとどうしよう。怖くなってしまい保存していましたが、立川のお兄ちゃんから「早く出しなさい、いつ出すの」と催促しきりで大変遅くなりましたが出させていただきました。




2003/3/16 乗鞍高原温泉スキー場